毎年 「 母の日に 想うこと 」
『 母の日に寄せて 』
「 母を想う 」 今年も母の日を迎えることが出来た。
私の母は元気でいたら 「 110歳 」となる。
いつも忙しそうに働いていた。小柄な体をちょこちょこと
動かしながら、いつも何かしていたように思える。
じっとしているのが、性に合わなかったのだとそう思う。
どちらかと言うと、穏やかでいつもニコニコしていた方である。
正直者でウソや反社会的な行いについては、許せない
厳しい考え方の持ち主であった。
田舎の貧しい農家の長男(父)に嫁いで来た母である。
父の弟(叔父)夫婦家族5人と同居の我が家、祖母を含めて計11人の
大家族と共にしかも、公務員としての勤めもあったからさぞ辛かったことだろう。
心配事は山ほどあったに違いない。それでも何事も自分の胸のなかに
仕舞い込んでいたのであろう。グチをあまり聞いた事が無かった。
身なりなどあまり気にかけず私たち兄姉3人の将来へ惜しみなく
金品共に援助してくれた。
同居の叔父家族へも自分の事と同じように、仕事や仕事先を
心配したり、戦後の食糧難の時代にも関わらず分け与えたりしていた。
しっかりもんで働き者の母も晩年には、45年近くも前に伴侶を亡くした後の
ご苦労と気苦労が加わってか、兄夫婦や親族に少なからぬお世話をかけて
この世を去っていった。そんな母が大好きであった。
「 生き仏 」という表現が私の母のすべてを表している。
自慢の出来る母なのである。
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