温故知新・見えていないものを信じたい
★ 温故知新・目に見えていないものを信じたい
こんにちわ、シンリヤンこと 佐藤です。
● 私は、お陰様で多少の不自由さはあるが、
日常の「 見る 」 = 視界・視力も
ほぼ、満足できている。
※ 世の中には「 見え過ぎて 」・・・
禍を起こしていることもある。
※ 目は、口ほどに ものをいう。
幼子の無邪気な目は、大人の心を癒す
力も、もっている。
● 秋の夜長、くさむらで鳴く虫の声に
静かに耳を傾ける時、何を感じるか。
※ 鳴く虫のすがたは、見えてはいない。
私は、見えていないから、心まで洗われる
そんな気がしている。
● 幼児の目は特に、やわらかにのぞく時
「 目の奥が 見えていない 」ばかりに
大人に対して、‟ 信じるもの ” を
たくさん与えてくれるのだと思う。
※ 邪念を余儀なくされる、大人の目は・・・
幼児の目とは、比較対象には出来ない。
誤解をしないでいただきたい。
大人も、見えないものを信じる力を学ぶこと。
● この学びを深めて、さらなる修養をつめば
幼児の目に、慈愛深いやさしい大人の目で
接してあげることが、たやすくなる。
※ 幼子がもの心つくまで、邪念を捨てて
「 見えないものを 信じる ‟ 目心 ” 」を
もって、養育したいものである。
● 大人に、やがて 「 答え 」 として
かえってくる・・・確信して、やまない。
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